【こはく文庫003】
地獄の反逆者 松村喬子遊廓関係作品集

 

名古屋中村遊廓から逃走、無産婦人活動家となった松村喬子が残した、遊廓脱出群像劇。

「私も、つい、この頃おもいついたのだけれど、実際、こうして働いていても、いくら一生懸命になっても、少しも借金が減らないで残ったものはかるたさんや、羽衣さんのように、病気位しかない、それはどうしてだろうかと云う事をハッキリみとめた事があるのよ(中略)
そして、おしまいに、悪い病気で死んで了うか、目がつぶれてしかたなく帰すというのですもの散々儲けておいて、そのあげく死体になってからか片輪で使い道がなくなって帰される時でも、親の方に少しでも、何かが取れる見込があれば、月々くずしで借金を入れさせたり、差押えをやったりすると云うのではありませんか、皆な考えましょう、少しは強くなって下さい」

想像絶する戦前の遊廓における収奪の有り様と、そこに生きる女性たちの活き活きとした言葉と思いが、当事者によって描かれる「地獄の反逆者」。
また、作品からは公娼制度の廃止という世論が高まる1926年の遊廓を「内側」から描いた貴重な証言でもある。
戦前の娼妓自身が自らの生活について綴った文章は極めて限られている。
現在公刊され確認できる森光子の著作群(『吉原花魁日記―光明に芽ぐむ日』、『春駒日記―吉原花魁の日々』)につづく稀有な作品が、読みやすい形で、2万字に及ぶ詳細な伝記的解説を添えて初公刊。

 書籍概要

【こはく文庫003】地獄の反逆者 松村喬子遊廓関係作品集

  • 著:松村喬子
  • 編集・解説:山家悠平
  • 定価:本体2,300円+税
  • ISBN:978-4-910993-57-7
  • 体裁:A5判並製、166頁
  • 2024年7月刊行

 目次

地獄の反逆者 =人生記録=
脱出―前出「地獄の反逆者」綴目をなすもの―
続地獄の反逆者
❋盲目鳥よ どこへ行く(❋雑誌掲載頁をそのまま収録しています。)

解説 五枚の肖像写真から―「地獄の反逆者」   (解説者)山家悠平

 著者プロフィール

松村喬子(まつむら きょうこ)

1900年、大阪西成郡に三女として生まれる。高等女学校を2年で中退。その後、大阪の難波遊廓で働きはじめる。母親の病気が悪化し、追借金が必要になり、「1年働けば半分の借金は返済できる」という紹介人の言葉にしたがって、名古屋中村遊廓の徳栄楼に鞍替えするが、結果として借金は倍増してしまう。1926年の春、同僚の娼妓が警察署に徳栄楼について告発、その際に負傷する事件が起こる。その告発がもとになり、徳栄楼は営業停止になる。同年夏、短期間、遊廓病院に入院。病床で『婦人公論』掲載の論考「公娼廃止の善後策」(片山哲)を読み感銘を受ける。同年9月、同僚3名と徳栄楼を脱走。その後、無産政党である日本労農党の指導下にあった全国婦人同盟に参加し、公娼廃止など労働運動に関わる。演説が得意であったという記録が残っている。

山家悠平(やんべ ゆうへい)

1976年、東京都国立市出身。専門は女性史。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。現在、京都芸術大学、佛教大学等で非常勤講師を務める。著書に『遊廓のストライキ―女性たちの二十世紀・序説』(共和国、2015年)、『生き延びるための女性史―遊廓に響く〈声〉をたどって―』(青土社、2023年)がある。また、青波杏名義にて『楊花の歌』(集英社、2023年、第35回小説すばる新人賞受賞)を刊行。作家としても活動中。最新作に『日月潭の朱い花』(集英社、2024年)がある。

 版元から一言

「こはく文庫」の第2弾となる本企画は、立命館大学大学院出身の若手研究者によって設立された小さな学会「Antitled友の会」の第1回大会に参加したことからスタートしました。
2022年9月9日に開催された本大会では、「3つの位相で読み解く近代遊廓像——自由廃業・都市計画・『春駒日記』」というタイトルで、パネル報告がありました。
以前から交友のあった山家さんのご発表はじめ、いずれもとても興味深く、近代遊廓が問うテーマを何か取り組んでみたいなと感じた矢先、盛りあがる懇親会のなかで、山家さんから松村喬子のことをお話いただき、企画がスタートとなりました。
『女人芸術』に連載されたこの小説は、色んな意味で鮮烈な印象を残しました。
借金漬けという絶望的な制度にとらわれ生きること。はじまって10頁ほどの第1話から、その実相を感じていただけると思います。
色々な地方やバックグラウンドをもつ娼妓達が、いまでは聞けないような方言を含む言葉遣いで、活き活きと描かれていることが魅力だと思います。
作者の姿が重なる、『婦人公論』を読んで、遊廓の在り方に疑問をもった主人公「歌子」。
病気がちで主人から嫌われ、楼全体からのけ者にされている、京言葉の「かるた」。
主人であっても平気で口答えをし、金をもつ客からは搾り取る、「バルチザン」の異名をもつ「小波」。
まさに現代のホストクラブにのめりこむように、役者に金を貢ぎ、極道の男と近くなり、あげく博打で大負け、九州の炭鉱町から台湾まで渡り歩いて、「地獄もここは三丁目」名古屋栄楼にたどりついた「新高」。
長春で芸者をしている時代に子供ができ、産褥の身で仕事をしたことで卵巣を手術し、その手術費用を返済するために遊廓に来ざるをえなかった、甘え癖のある「羽衣」。

他にも、作品の隅々には、40歳を過ぎても娼妓をつづけさせられる「若浦」、杖をたよりに、夜遅く帰る按摩の描写や、意地悪な中間搾取者の仲居の言葉など、昭和初期の遊郭の息遣いが、様々人物を通して箇所で伝わってきます。

他に、下記3点も収録しています。
・「脱出―前出「地獄の反逆者」綴目をなすもの―」は、クライマックスの脱出劇を描いたもの。
・「続地獄の反逆者」は、「府立難波病院」に入院した日々を描いたものです。そこには下記のような一文が。
「夜も昼もない難波新地の享楽の巷で酒とお茶屋と男より外にない日夜に自分の体か人の体だかさえ解らない程麻痺した神経も、この病院へ入って色々の事を見せつけられては、今迄人事として考えてきた事が空おそろしくなった。」(本文より)
 遊廓の世界にいたひとが恐怖感を記している「性病病院」について。こちらも他では触れることのできない、貴重な証言かと思います。)
・「盲目鳥よ どこへ行く」は、大阪時代の体験をベースにしたもの。当時の農村の現状や淋病の実際が感じられます。

一歩も外を出られない「地獄の栄楼」から、彼女たちは無事脱出できたのか、つづきはぜひ本書にてご覧ください。