【こはく文庫004】
絣の着物 壺井栄戦争末期短編集

1945年6月10日北京発行。戦争批判を根底にした壺井栄の幻の戦時下出版の全貌がここに。

〈メディア紹介〉6/5(木)「NHK NEWSおはよう日本」で紹介されました!

『二十四の瞳』の作者として知られている小豆島出身の作家、壺井栄。
戦時下でも精力的に作品を発表しつづけた壺井栄は、日本国内の出版環境が厳しくなる中、毎日新聞社からの協力を得て、本土ではなく「外地」での短編作品集『絣の着物』刊行に踏み切った。

毎日新聞北京支局内に設置された「月刊毎日社」が発行母体となり刊行された『絣の着物』は、戦争末期の混乱のなか、戦後も著者のもとに届けられることもないままに埋もれていた。
全集未収録である4作品(本書が初公開となるのは3作品)を含む全13の短編は、いずれにも戦時下の状況に翻弄される市井の人々の生活や日常が描かれ、そこには確かな戦争批判が通底している。

このたび『絣の着物』を発見した編者による北京刊行の経緯を検証する解説により、戦時下の出版のあり方、そして日中の出版文化史の重要な一面についても考察される。
附録として、壺井栄の戦時下最後の雑誌発表作品となった随筆「初夏を待つ」、そして壺井栄の戦時下日記である「茶の間日記」のうち、本書と関連する10日間の記述を収録する。

戦争に翻弄される人々の日々の営みを細やかにまなざした本書を80年越しに、戦争の直接の記憶が薄れつつある日本社会に届ける。

 書籍概要

【こはく文庫004】絣の着物 壺井栄戦争末期短編集

  • 著:壺井栄
  • 編集・解説:秦剛(北京外国語大学)
  • 定価:本体2,200円+税
  • ISBN:978-4-911589-16-8
  • 体裁:B6判並製、194頁
    ❋本書は原書の表記を尊重しながら読みやすさを考慮し、旧仮名遣い・新漢字・一部難読漢字にルビを振る形で新たに活字を組んでおります。
  • 2025年7月刊行

 目次

(★ は壺井栄全集未収録の作品。「花見時」「老人」「産衣」の三つについては新発見であり、本書が初公開となる。
絣の着物
箪笥の歴史
鷺宮二丁目
霜月
リンゴの頬
藪がらし
花見時★

音のゆくへ
老人★
産衣★
特殊衣料配給日
村の運動会★

(附録)随筆「初夏を待つ」(★ 雑誌『大陸』掲載作品。)
(附録)「茶の間日記」(本書に関係する戦時下の日記を抜粋)

解説 壺井栄『絣の着物』の戦時下出版―北京発行の経緯を検証する   (解説者)秦剛

 著者プロフィール

壺井栄(つぼい さかえ)❋旧字表記 壷井栄

明治32年(1899)8月5日、醤油の樽職人である岩井藤吉、妻アサの五女として坂手村(現小豆島町坂手)に生まれた。
幼少時に家計が傾いたため、他家の子守をしながら坂手尋常小学校へ通い、内海高等小学校を卒業。村の郵便局、村役場等に勤める傍ら文学書を読む。
大正14年(1925)同郷の壺井繁治をたよって上京し結婚した。繁治や黒島伝治、佐多稲子などプロレタリアの作家の影響をうけ、昭和13年(1938)処女作『大根の葉』を文芸に発表。以来『暦』『初旅』『母のない子と子のない母と』など、小説、随筆を1,500篇あまり発表し、新潮社文芸賞、児童文学賞、芸術選奨文部大臣賞、女流文学者賞などを受ける。
中でも昭和29年(1954)木下惠介監督で映画化された『二十四の瞳』は一躍有名となり、今日の観光小豆島の盛況の端緒を開いた。
昭和42年(1967)5月3日内海町(現小豆島町)名誉町民の称号が与えられる。6月23日67歳、東京で没した。(壺井栄文学館HPより)

秦剛(しん ごう)

1968年生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士学位取得。北京外国語大学北京日本学研究センター教授。主著に宮坂覺編『芥川龍之介と切支丹物 多声・交差・越境』(翰林書房、2014年、共著)、坪井秀人編『東アジアの中の戦後日本』(臨川書店、2018年、共著)、竹内栄美子・高橋誠一郎・野村剛・丸山珪一編『堀田善衞研究論集 世界を見据えた文学と思想』(桂書房、2024年、共著)他。

 版元から一言

北京外国語大学の秦剛先生の調査と研究をもとに、壺井栄と毎日新聞社が戦争末期に刊行し、結局人々の手に届くことがなかった短編集を、80年ぶりに「内地」日本社会に届けることができました。
全集未収録作品(今回が初公開となる作品)を含む本書の作品のいずれも戦時下の日本での市井の人々の暮らしを見事に描いたもので、戦後80年の節目となる本年にふさわしい出版になったと思います。
壺井栄が戦争の日々の中で描く世界は、戦争末期でも、いや、だからこそというべきか、毎日を懸命に働き、生きる人々の生活を根底に据えているように感じます。

作品としては、末尾を飾る「村の運動会」では戦争未亡人の赤子を抱く語り手を通して、戦争の傷跡が痛々しくも、生命感をともなって描かれ、一番印象に残りました。
ただ一方で、ここでは初の収録となる短編「老人」もお話したくなります。
引っ越しをしたばかりの語り手の周囲にあらわれた70歳前後の働き者の老人たちを描写しただけとも言える作品です。
そこでは戦時下、働き手の減る中でこれまでと同じように働きつづけるお年寄りの姿には、「報国」という言葉には括りきれない、生命を最後まで輝かす無欲な人たちへの讃歌のようなものが感じられる、私の大好きな一編です。
「年金だけは暮らせない」との話をよくよく耳にする高齢化社会の現在の日本でどのように読まれるか、興味深く思っております。

『幻の雑誌が語る戦争-『月刊毎日』『国際女性』『新生活』『想苑』-』(石川巧、青土社、2017年)にてまとめられた「月刊毎日社」についての研究をさらに広げた解説には、『絣の着物』が北京で発行された経緯はもちろん、戦中からつらなる日中の出版文化史の重要な一コマや、壺井栄の作品が中国でいつどのように翻訳されたか、そして中国の教科書にも採用されてきたことまでをカバーし、充実したものになっております。

中国での研究成果を、このように節目の年に日本社会に届けることができ、版元としても嬉しい仕事になりました。
試読をお願いした中学3年生の姪っ子も、楽しく読んでくれました。
戦争中の暮らしや戦争のリアルさが伝わり、中学・高校生にも、心からおすすめいたします。
世代を問わず、ぜひ、お読みくださいませ。

追記(1)
六月一週目の朝ドラ「あんぱん」にて、丁度民間船舶と戦争の関わりについて、描かれていました。
本短編集と期せずして、重なるテーマとなりました。
神戸元町「戦没した船と海員の資料館」にも、ぜひ。

せっかくなので、解説の一節も紹介させていただきます。

「これらの作品の一部には、軍に徴用され犠牲となった輸送船や乗組員が共通して描かれているが、壺井栄がこの題材に着目した背景には、彼女の祖父が若くして航路上で亡くなったこと、そして瀬戸内海では多くの民間人の船員が船舶とセットで徴用されたことなどが関わっていると考えられる。」(本書解説より)

追記(2)
実は『絣の着物』と同時に、北京の「月刊毎日社」より刊行された本がもう一つあります。
それが、吉川英治『安田陸戦隊司令』。
ニューギニア東部のブナにて、上陸する米豪連合軍との激戦を率いた安田義達大佐の伝記であり、この本も『絣の着物』と同じく流通しないままであったようです。
海軍より委嘱された吉川英治の戦争末期の大仕事であったとされています。(『「安田陸戦隊司令」伝』木村久迩典、光人社)

軍人↔庶民、と際立ったコントラストをなす、吉川英治と壺井栄の2冊が、戦争の最末期に大手新聞社から刊行されようとしていたことは、とても興味深く重要なことに思えます。
当時のことを知るすべは限られますが、紙の本がもつ歴史の重みを、版元としても感じた仕事になりました。