【セレクション名著復航001】
ひろひと天皇年代記―一九四五年八月ヒロシマ

『原爆と一兵士』改題新装復刻版。セレクション名著復航第1弾。

それまで読み漁ってきた被爆体験記の類いとは一線を画する、ユニークな文体と重層的な内容に私は圧倒された。この埋もれた良書を読書界に知らしめるべく・・・(川本隆史「あとがき」より)

大竹海兵団に所属していた著者は、原爆投下の翌日、家族の待つ広島市内への帰休を許され、変わり果てた妻を目にする・・・。

想像絶するヒロシマの経験を、著者は30年の沈黙を経て、密かにその記憶を、自身の記憶を労るように、そしてその記憶をつなぐべく書き記していた。

透徹したまなざしと、つきはなしたような客観的な記述により、1945年8月のヒロシマを読者に追体験させる。

1980年に刊行された『原爆と一兵士』本文に、新たに注釈を付すとともに、
充実した解説・あとがきを加え、著者が原稿に付けたオリジナル・タイトルに戻し、被爆80年に刊行する。

 書籍概要

  • 著:秦恒雄
  • 解説:秦剛平〈多摩美術大学名誉教授〉・川本隆史〈東京大学・東北大学名誉教授〉
  • 定価:本体2,800円+税 ISBN978-4-910993-93-5
  • 体裁:四六判・上製・274頁 ❋本書は、『原爆と一兵士』本文を影印復刻し、新たに注記・解説等を付したものになります。
  • 2025年6月刊行

 目次

「ひろひと天皇年代記」
望遠した巨大な爆発雲
病院で聞いた話
帰団した兵士の報告
適中した不安
八月六日―運命の日
八月七日
八月八日―妹から聞いた話
八月九日―市中探索
八月十日―告げられた真相
八月十一日〜十二日
八月十三日〜二十四日
海兵団での最後の生活
復員第一日め
復員後の生活
九月―東京へ
(旧版)あとがき 秦剛平

解説 秦剛平
あとがき―復刊に寄せて 脱=被爆ナショナリズム・記憶のケア・オートエスノグラフィーの先駆作 川本隆史

 著者プロフィール

秦 恒雄(はた・つねお)

1910年11月15日大阪で生まれる。
1935年京都帝国大学卒業(西洋哲学専攻)。
同年、東京読売新聞社社会学芸部入社。
1936-39年、フランスに遊学(ソルボンヌ大学で経済学を研究)。
1939年、鉄鋼連盟調査部に勤務。
1943年海軍に応召。
1953年より日本機械工業連合会に勤務。1979年10月20日没。
著書『設備更新の経済理論』Ⅰ-Ⅲ(日刊工業新聞社)他。経済論文多数。
雅号 方窮(方弓,HO-Q)

秦 剛平(はた・ごうへい)

1942年生まれ。現在、多摩美術大学名誉教授、ケンブリッジ大学(クレア・ホール)フェロー、ヨセフス・セミナー運営委員、ヘレニズム・ユダヤ教部会運営委員(聖書文学協会、アメリカ)。
著書に『旧約聖書続編講義』(リトン)、『描かれなかった十字架』、『あまのじゃく聖書学講義』(いずれも青土社)。訳書に『ユダヤ戦記』全3分冊、『ユダヤ古代誌』全6分冊(いずれもちくま学芸文庫)、フィロン『フラックスへの反論+ガイウスへの使節』、エウセビオス『コンスタンティヌスの生涯』(いずれも京都大学学術出版会)ほか多数。

川本隆史(かわもと・たかし)

1951年生まれ。東京大学・東北大学名誉教授。専攻は社会倫理学。
著書に『現代倫理学の冒険』(創文社),『ロールズ─正義の原理』(講談社),『忘却の記憶 広島』(共編,月曜社)ほか。訳書にロールズ『正義論』(共訳,紀伊國屋書店),ギリガン『もうひとつの声で』(共訳,風行社)ほか多数。

 版元から一言

秦恒雄という名前を知る人は決して多くないでしょう。
戦前は滝川事件において京大の学生委員として対応した経歴を有し、戦後は日本機械工業連合会に所属され経済関係の書籍を刊行されています。
本書は、著者が1979年に亡くなる前、経団連の友人たちに回覧された遺稿がもとになっています。

長年、1945年の広島での経験を多く語ることはなかった著者が、静かに記した回想の書と言えるでしょう。
私の初読の感想は、ある種突き放したような語り口であり、フランスでの留学や東西の古典に裏付けられた深い洞察が印象に残りましたが、その著者の思想や思いは、簡単には言葉に出来ないと、最初から今に至るまで、第一印象以上に⾔語化することが出来ずにいるのが正直なところです。

また、ある種理系的なといいますか、何とも客観的と言える原爆投下直後の広島の記述が時間経過とともに語られる様子は、当時の惨禍を否応なく追体験させられます。

46年前に亡くなられた秦恒雄さんという気骨ある⾃由主義者の遺著を、インパール帰りの私の祖父の言動(私は伝聞しただけですが)とを無意識に重ねてしまいます。
戦中派と言われる世代のほとんどが鬼籍に入られた今、戦争や国家を語る言葉が表層的になっている気がいたします。
そんな中、80年の節目を迎えるこの夏に、最後までうまく記すことはできませんが、本書をもう一度世に届けられることを嬉しく思っております。

刊行への協力に加え、渋谷で色々なお話や思想を話してくださった秦剛平さま。お父上を追想する素晴らしい解説をありがとうございます。
本書の存在を教えていただき、さまざまにご助言をいただいたうえ、本書の何よりの読みどころを「あとがき」にて記してくださった川本隆史さまに感謝です。

ちなみに、秦ご一家は上皇陛下の家庭教師をつとめられたエリザベス・ヴァイニング夫人ともご親交があり、秦剛平さんはヴァイニング夫人の回想録、『天皇とわたし』を翻訳もされています。(山本書店、1989年)
本書は琥珀書房で初めて宮内庁に謹呈することとなりました。本書のタイトルをつけられた秦恒雄さんも、ご本望ではないかと思っております。

想像絶する原子爆弾の実際を、ぜひ読んでくれとは簡単には言えないですが、多くの方にご一読いただけますことを願っております。