【復刻版】熊本風土記

『苦海浄土』を生んだ伝説の地域文化誌、創刊60周年を記念し、ついに復刻!

「熊本で月刊雑誌を始めるなんて正気なのか―こんな意味のこもった言葉を何度か聞きました。だが私たちは始めました。始めた以上続けるつもりです。私たちは大風呂敷はひろげません。しかし公言したことは守ります。そんな意気ごみで私たちは「熊本風土記」と取組んでいます。」(『熊本風土記』創刊号より抜粋)

水俣病が社会問題化した1965年、熊本で小さな雑誌が創刊された。ことの起こりは1961年12月10日。谷川雁を中心として熊本の若者たちにより「新文化集団」が結成された。新たな文化運動を志したこの集団は、長らく雑誌創刊を目指すもその実現には数年を要した。

1965年8月、「新文化集団」の集会にて渡辺京二の提案によって、渡辺京二が個人経営かつ編集長をつとめる雑誌が動き出す。その同じ八月に、渡辺京二は一人バスにのり、水俣に住む石牟礼道子を訪ねたのだった。

同誌は「状況に挑む」渡辺京二の編集方針のもと文芸はもちろん「庶民列伝」「地方の眼」「共和国」といったさまざまな企画を通じ、一年の間文化運動の新たな可能性を模索していった。

『苦海浄土 わが水俣病』の初稿である「海と空のあいだに」が創刊号を飾った『熊本風土記』。
『熊本風土記』参加前、水俣病で揺れる地元の中で、民衆史に思い沈む石牟礼道子ら水俣の「記録文学研究会」が一号のみ刊行した『現代の記録』創刊号、新文化集団が編集を担当した『思想の科学』1962年12月号、そして当時の貴重な写真(渡辺京二ご遺族の提供)を添え、創刊60周年を記念してここに復刻する。

 書籍概要

『熊本風土記』復刻版 1965年11月〜1966年12月 全12号
発行:熊本風土記発行所

  • 解題:米本浩二
  • 定価: 本体22,000円+税
  • ISBNセットコード:978-4-911589-00-7
  • 体裁: A5判並製スリーブ入、全14冊+別冊、総約800頁
     
  • 原本: 個人蔵(坂口博様・笠優弥様)
  • ❋本書の電子版での刊行予定はございません。

 収録内容

・『熊本風土記』1〜12号
・『現代の記録』創刊号
・『思想の科学』1962年12月号 ❋新文化集団担当部分のみ複製。
・別冊(「写真」渡辺家のアルバムから・解題・総目次・索引含)

 主要執筆者

石牟礼道子・伊藤直臣・上村希美雄・谷川雁・谷川健一・高浜幸敏・藤川治水・藤坂信子・堀川喜八郎・本田啓吉・松本勉・三河俊一・吉田隆喜・和田勇一・渡辺京二

 著者プロフィール

米本浩二(よねもと・こうじ)

1961年、徳島県生まれ。毎日新聞記者をへて著述業。石牟礼道子資料保存会研究員。著書に『みぞれふる空―脊髄小脳変性症と家族の2000日』(文藝春秋、2013年)、『評伝 石牟礼道子―渚に立つひと』(新潮社、2017年、読売文学賞評論・伝記賞)、『不知火のほとりで―石牟礼道子終焉記』(毎日新聞出版、2019年)、『水俣病闘争史』(河出書房新社、2022年)『実録・苦海浄土』(河出書房新社、2024年)。福岡市在住。

 版元から一言

言わずと知れた『苦海浄土』が世に生まれる母体となった伝説の雑誌を、その創刊60周年の節目に刊行出来ることを、何より嬉しく思います。
創刊号を開いていただければ感じていただけるかと思いますが、東京から熊本にもどり、新しく雑誌を創刊し生きていこうと意気込む35歳の渡辺京二編集長の思いが、誌面にあふれています。

創刊号にはさまれた「発刊によせて」には、多くの著名人が激励を寄せています。(「発刊によせて」は、本復刻版でも収録しています。)そこには谷川雁や熊本放送のプロデューサーまで多彩な人たちが並んでいます。
一番端には鶴見俊輔の短い言葉が。「この雑誌は、郷土史研究とか考証的研究のほうにひきよせられることなしに、そこの人の問題を、そこでしか考えられぬしかたで考えてほしい。」
『思想の科学』ですでにつながりのあった鶴見俊輔のこの言葉を、当時の熊本の人たちが受け止めた様子を思わず想像してしまいます。

別冊には、渡辺家から提供いただいた貴重な写真を収録させていただきました。
雑誌が生まれた背景については、本書別冊に加え、ぜひ『実録・苦海浄土』(米本浩二、河出書房新社)を読んでいただければと思います。
『熊本風土記』自体は約一年間の短い歩みだったとも言えますが、そこから如何に大きな物語が生まれたか、実感いただけると思います。

『水俣な人』(塩田武史、未来社)にも紹介されていますが、同書の中で、「石牟礼さんが描いた世界に誰もが操られるように動き、患者たちのもつ精神や叡智を学びとって、”魂の絆”をどう取り戻せるか、ということしかない。」という一節があります。『熊本風土記』をみていると、そうした石牟礼さんの世界や思いが、どのような場で生まれでたかが感じられる気もいたします。

環境省職員が水俣病被害者側のマイクを切り、発言を遮断した問題からはや1年が経ちます。
「この日はことにわたくしは自分が人間であることの嫌悪感に、耐えがたかった」という石牟礼さんの一節が風化しないようにと思わずにはいられません。

水俣の運動を率いることになる、有名無名を問わず多くの若者が参加し発言する『熊本風土記』の誌面のあちこちの言葉や写真をもとに、現代の読者が熊本―水俣の歩みを踏まえて、新たな物語や検証が生まれること。そして石牟礼道子さんの言葉、水俣病患者さんや関係者の残した言葉や記録から、空虚ではないつながりが紡がれていくことを、版元として願うばかりです。

最後になりますが、解題に加え、渡辺家などともおつなぎいただきました米本浩二さま、本書の産婆役のようになっていただいた坂口博様、収録を許可いただきました思想の科学社の皆様、そして『思想の科学』をお貸しいただきました笠優弥様、収録をご許可いただいた多くのご遺族の皆様にも、心から御礼を申し上げます。