【鹿ヶ谷叢書012】
『明滅の案内―谷崎潤一郎と観光の時代』

観光文化と時局との関係性のなかに浮かぶ、新たな谷崎文学の批評性。「古典回帰」とされる1930年代以降の谷崎文学の可能性を問う。

「一遍その土地が世間へ知れると、都会の客が我も〳〵と押しかけるやうになり、地元でもいろ〳〵な宣伝や設備をやり出す結果、本来の特色が失はれてしまふことを恐れるから」(谷崎潤一郎「旅のいろいろ」)

関西移住を一つの契機として、「古典回帰」と称される1930年代以降の谷崎潤一郎の作品の数々。そのように形づくられた枠組は、変貌する社会から背を向けて独自の美的世界に耽溺していったという谷崎像を生み出した。

そうしたイメージでくくられやすい戦時下の谷崎のテキストを総体的にとらえながら、時局との不穏な結びつきのもと発展しつつあった当時の日本社会における観光文化を鍵に、新たな谷崎文学の可能性を鮮やかに描く。

 書籍概要

  • 著:清水智史(早稲田大学文学学術院)
  • 定価:本体2500円+税 ISBN978-4-911589-66-3 C0091
  • 体裁:46判・並製カバー装・208頁
  • 装丁:こはく図案室
  • 2026年7月刊行予定

 目次

序章
一、「旅」への不満
二、「旅」と「観光」
三、観光の時代と谷崎作品
四、本書の構成

第一部 挫折の旅程

第一章 「紙片」を再興する―「吉野葛」における歴史探訪と観光
一、はじめに
二、描かれない観光地
三、挫かれる旅路
四、「ウルシコシ」をめくる
五、おわりに

第二章 「御殿」を消却する―「蘆刈」における歴史へのまなざし
一、はじめに
二、「わたし」という観光客
三、「わたし」の歴史探訪
四、消失する蘆原と男たちの夢想
五、おわりに

第三章 「湖水」を継承する―「盲目物語」における琵琶湖と観光
一、はじめに
二、琵琶湖の喪失と観光地化
三、語りなおされる琵琶湖

補論 「計画」を彷徨する―一九三〇年代以前の作品における観光の輪郭
一、観光のゆらぎ――中国体験と「秦淮の夜」
二、まなざしの外側――「蓼喰ふ虫」
三、逆襲する無名――「卍」
四、おわりに

第二部 凝視の路標

第四章 「陰翳」を凝視する―「東京をおもふ」と「陰翳礼讃」における思考の形態
一、はじめに
二、震災後の東京文化と復興神話
三、「オツ」精神と「ロマン的イロニー」
四、「陰翳」へのまなざし
五、おわりに

第五章 「雲間」を仰望する―「春琴抄」における閉塞と開放
一、はじめに
二、往還する閉塞と開放
三、閉塞の加速と近代大阪の煙害
四、隠蔽と伝達のあわいへ
五、おわりに

第六章 「蛍火」を探捜する―「細雪」における戦時下の観光
一、はじめに
二、国際観光政策と国土の商品化
三、観光による「敬神」と身体の統制
四、蛍狩りと彷徨する身体
五、おわりに

主要参考文献(「主要ガイドブックなど一覧」含む)
おわりに
主要人名索引

 プロフィール

清水智史(しみず・さとし)(著)

1992年6月生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。
同志社大学特別研究員(学術振興会特別研究員(PD))を経て、現在、早稲田大学文学学術院講師(任期付)。

 版元から一言

若手研究者との1冊を、ようやく本にすることにできました。
見出しのとおり、「古典回帰」とくくられがちな戦前昭和の谷崎潤一郎。そのなかに同時代との接点と批評性を「観光」を鍵に見出した1冊です。

「吉野葛」「蘆刈」「細雪」・・こうした谷崎の著名な作品のなかを同時代の観光言説を手がかりに歩み直すと、まさに新たな視覚が開かれるような経験になります。

清水さんとの仕事を通じて、あらためて谷崎のある種の貪欲さや社会へのまなざしに、驚嘆させられました。
そして、本書のなかで紹介される一九三〇年代のガイドブックなどに刻まれる国際観光政策は、「国土の商品化によって外貨の獲得を目指す」(本書より)インバウンド絶頂な現在の日本社会と、まさしく重なり、現代的な視点から思わず読んでしまいます。
(なかば通貨危機的な現在の日本社会は、昭和日本に負けず劣らず、短視眼的かもしれません。)
現代との接点も感じながら、興味深くお読みいただける1冊です!

清水さんが同志社勤務時代にお話をはじめた本書。「おわりに」でも書いてくださりましたが、谷崎ゆかりの店や場所で、本づくりを進めていけたことは、私もとても楽しい経験でした。
(刊行祝いも、谷崎ゆかりのお店でひらきたいものです。そして、こうしたところでも感じる、谷崎の食への貪欲さ!京都の老舗を攻める谷崎の足跡もたどりなおしたいです。)

本書を入口に、新たな谷崎潤一郎の可能性や結び目が生まれていくことを版元として願っております。