排外主義の時代の「道しるべ」。かけがえのない生を「愛の眼」(金石範)によってとらえつづけた在日朝鮮人作家の名著を2冊同時復刊
「形を異にした生さえ共生となり、苦しみを異にした死さえ同死の意味を含む。それゆえ、書く行為が人間の生に寄りそえる営みであることが、私の勇気を促してくれる」(金泰生)
幼い日に済州島より大阪猪飼野に渡り、貧困と病、そして戦争と分断の時代を生きた著者による、珠玉の自伝的記録。
「歴史によって強制連行された」自らの人生とは何であったのか。
無告の民のかけがえのない〈命〉の明滅を「愛の眼」(金石範)によってとらえつづけた在日朝鮮人作家の名著を、気鋭の歴史学者による充実の解説・付録と新発見資料を付して半世紀ぶりに復刊する。(本書とあわせて金泰生の人生を大きな円環として描く連作集『旅人伝説』も同時刊行!)
書籍概要
- 著:金泰生
- 編集・解説:鄭栄桓〈明治学院大学〉
- 定価:本体2,700円+税 ISBN978-4-910993-91-1
- 体裁:四六判・並製・約360頁 ❋本書は、『私の日本地図』(未来社、一九七八年)を底本として、新たに活字を組み直し、注記・解説等を付したものになります。
- 装画:朴愛里「余波」、装丁:野田和浩
- 2025年10月刊行
※解説P308、p329、P353-354の下記について記述の誤りがございました。
308頁
誤 「次の六句が掲載されている。」
正 「次の五句が掲載されている。」
329頁
誤 「金泰生の甥も武装隊として逮捕されて大邱刑務所で処刑されたことがわかっている。」
正 「金泰生の従甥も武装隊として逮捕されて大邱刑務所で死亡したことがわかっている。」
329頁
誤 「もう一人の甥は」
正 「もう一人の従甥は」
353-354頁
『文芸首都』27(1)(2)(3)、28(2)(3)(4)(10)(11)
「首都月評」→「首都合評」
354頁
「南朝鮮の青年」→「南朝鮮の少年」
HPにて訂正を記すとともに、読者の皆様にお詫び申し上げます。
目次
序章 故郷へーー
第一章 小さな旅立ち
第二章 出会いと別れの間で
第三章 失われたるもの
第四章 母国甦える日々
あとがきに代えて
付録 ある女の生涯
付録 『中野重治詩集』との出会い
付録 野間宏宛 金泰生書簡
解説 「二重の死」に抗する文学 ―『私の日本地図』に寄せて 鄭栄桓
金泰生 年譜
金泰生 作品目録
推薦文より
この作者には、人間を一つの骨片として見うる眼があるようだ。それはしたたかな感性に支えられ、悲しみを濾過した透明なことばのひびく世界を開く。(中略)
その愛をつなぐのは単なる肉親の血ではない。それは、ともに被植民地人として「在日」の最底辺の生活を生きぬいた故に、単なる共同体の血のワクも越えた、”恨多き呪われたる者”が見ることのできる人間そのものへの愛の眼である。
― 金石範
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金泰生という朝鮮人少年の眼に映った大阪の街、猪飼野あたりの町工場の様子、そこで働く人びとの所作や感覚、これらを細密に描いた文章は、大阪の一角にこういう人びとが働き暮らしていたという確かな証拠となっている。金泰生はそれらを記憶し記録しただけでなく、記録しながら「反芻」する、その様子が文章から伝わってくる。それこそが歴史を書くにとどまらず、歴史への想像力を深めることになっていると感じさせるものだった。その文章の力は、半世紀後の現在でも失われていない。
一方の『旅人伝説』は、主に第二次大戦後を生きた人びと(多くは日本人)の生と死を描いていて、『私の日本地図』とは違った味わいがあるが、やはりこちらも歴史をそれぞれの断面で切り取った作品となっている。
二つの作品にいくつかの小品を加えて金泰生の文学世界が新たな形で再構成され、若い読者の手にも届けられるようになることを大いに喜ぶものである。
― 水野直樹
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本書で使われている日本語は「教科書的な国語」ではない。おんどりを「玉子の父さん」と表現した一世女性の当意即妙はいうまでもなく、著者自身が生活するために苦心して身につけた日本語にも故郷での生活文化を直訳した味わいが混在している。それらは、植民地主義を食い破る生命力として、作品を陰影のある、魅力的なものにしている。
その魅力は著者の女性観にも通底する。宋恵媛氏が『旅人伝説』の解説で「ともに生きた同胞の女性たちの姿も確かな筆致で刻み込まれている」と書いているが、女性をみるまなざしが非近代的なのである。母親と離別したという個人史が作用している面もあるだろうが、意識の根っこには女性の生命力をあるがままに受けとめた郷里のジェンダー観がある。
さらに「みずたまり」など、何気なく読み過ごす言葉にも、済州島や猪飼野に見られた「いびつな文明」批判が潜んでいる。マイノリティーとして赤い涙を流す子どもたち、真の多文化共生社会を実現し、この国の日常を風通しよくしたいと願う大人たちに、必読の珠玉作品である。
編者の鄭栄桓氏・宋恵媛氏の丁寧な解説に助けられながら、細部にわたる謎解きも併せて、著者との対話を深めていただきたい。
― 宋連玉
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国家の被害者としての被害者意識を徹底させたとき、そのときはじめて国家への癒着から自らの生を断ち切ることが可能になり、そのときはじめて日本人も客死を余儀なくされた他者たちの一つ一つの小さき生に想像をめぐらすことができるようになる。
小さき生の普遍性。昨今の排外主義を見るにつけ、日本人はこの貴重な思想をいまだ掴みとるにいたっていないという感を強くする。(中略)金泰生の日本語文学はある切迫感とともにその重みを増しつつある。
― 佐藤泉(青山学院大学)
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金泰生は大鉈を振りかぶらず、正義を語らず、出会った人々を忘れないために淡淡と描いていった。金泰生文学は敵を叩くのではなく、優しく受け入れるケアに似ている。
生前金泰生は、飲み屋へと繋がる階段を上がるさいに「背中を押してくれ」と言ったものだ。
片肺の作家はゆっくりと歩き、正義を振りかざさないケア小説家だった。
― 林浩治
著者プロフィール
金 泰生(キム・テセン)
1924年、済州島南西部の大静面新坪里にて出生。1930年、縁者とともに渡日、大阪猪飼野にて暮らしはじめる。
1945年、徴兵検査を受けて甲種合格も入営前に日本敗戦を迎える。朝鮮解放後に帰郷を試みるも断念。
1947年、明治大学農学科に入学。
1948年、肺結核と診断され、療養のため静岡県賀茂郡竹麻村の国立療養所湊病院に入院。
1955年頃、療養所を退院。初めての掌篇「痰コップ」を『新朝鮮』に発表する。
1956年頃より『文芸首都』に関わり小説「心暦」「童話」などを投稿する。
1962年より統一評論社に勤務するかたわら、『統一評論』『朝鮮新報』『新しい世代』などのメディアに寄稿する。
1972年、小田実らの雑誌『人間として』に小説「骨片」を発表。
1977年、初の小説集『骨片』を刊行。
1978年、埼玉文学学校の講師となる。
1986年、第12回青丘文化賞受賞。同年12月25日、埼玉県川口市の病院で死去(享年62歳)。
著書に『骨片』(創樹社、1977年)、『私の日本地図』(未来社、1978年)、『私の人間地図』(青弓社、1985年)、『旅人伝説』(記録社、1985年)がある。
鄭 栄桓(チョン・ヨンファン)
明治学院大学教養教育センター教授(歴史学)。1980年、千葉県に生まれる。明治学院大学法学部卒、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。専門は朝鮮近現代史・在日朝鮮人史。
著書に『朝鮮独立への隘路 在日朝鮮人の解放五年史』(法政大学出版局、2013年、第13回林鍾國賞受賞〔朝鮮語版〕)、『忘却のための「和解」 『帝国の慰安婦』と日本の責任』(世織書房、2016年)、『歴史のなかの朝鮮籍』(以文社、2022年)、訳書に権赫泰『平和なき「平和主義」 戦後日本の思想と運動』(法政大学出版局、2016年)等がある。
版元から一言
金泰生という作家をご存知なのは、在日朝鮮人文学に関心のある方や、70年代に未来社さんの動向に関心をもっておられた世代に限られるのではないでしょうか?
もしくは、金泰生が講師をつとめた埼玉文学学校に関わりのある人には、馴染のある名前かもしれません。
こう書きます私も、企画のお話を鄭先生と宋先生からお聞きするまで、全く存じ上げずにおりました。
まずは拝読させていただきますと、『私の日本地図』(未来社)を読んだ時の深い没入感覚は忘れられません。
母と故郷との離別、大阪猪飼野での異国の言葉と風俗にさらされる経験、少年たちの活き活きとした世界、町工場での早すぎる労働、そして戦争の時代・・・
カメラを愛したこの作家の微細な描写とあたたかでありながら磨き抜かれた文章は、「まずは読んでください!」としかおすすめしようがございません。
今回は、本編『私の日本地図』に加え、小品「ある女の生涯」などに加え、野間宏宛の新発見書簡に、詳細な年譜や作品目録といった資料も収録しております。
そして何より、編者である鄭先生による伝記的な多くの調査記録と金泰生文学の意義を伝える、素晴らしい解説と注もついております。
鄭先生は、不就学と児童労働を余儀無くされた朝鮮人児童の実態を、当時の子どもたち自身のことばで表現した資料はないかと探索される中で、金泰生という作家の作品に出会われたそうです。
私が言うことでもないですが、金泰生という作家にとって、歴史学者である鄭先生に深い感銘を与えたことは忘れられた作家として、幸運なことではなかったかと思います。
そして、鄭先生にとっても、金泰生との出会いは、本当に幸福な出会いでなかったのではないかと想像します。
このたびの刊行も、金泰生のご遺族はじめ、多くの方々のご協力やご厚意で実現いたしました。
版元としては、装画への使用をご快諾いただいた、若きアーティストの朴愛里さまにも、心から感謝を。
2025年京都市京セラ美術館にて開催された版画トリエンナーレにてその作品の前に立った瞬間、金泰生の作品世界とシンクロしたことが思い出されます。
そして、朴愛里さまの作品と微細なる金泰生の世界を美しいものに仕上げていただいた装丁家の野田和浩さまにも感謝を。
最後に、本書の底本を刊行された未来社の伝説的出版人、松本昌次さまはじめ、生前の金泰生の諸作品を世に出した方々にも感謝を記します。

