【復刻版】『希望社時報』・『希望の日本』

戦前昭和最大規模の修養団体の全貌が明らかに!

昭和日本の「社会教化」を旨として社会教育、修養運動において大きな足跡を残した後藤静香(1884-1969)の希望社。
多くの定期刊行物を直接販売したその活動は、中高等教育の機会をもてえなかった戦前の膨大な社会層に向け、共同で読書をする場を作り、多大な影響力をもった。
(製糸女工に対する読書調査では、『キング』の部数すら上回っていた記録が残る。)

「皇室」中心の倫理的な各種社会事業は、女子教育・盲人福祉・ハンセン病患者支援・外地を含む少数民族への慰問など多岐にわたった。

全国展開をもったその圧倒的な規模と影響力に比して基礎資料のアクセスの難しさから研究・検証が難しい状況であった希望社について、その基礎資料と言える定期刊行物を復刻する。

社会福祉史・社会教育史・文化史・女性史・地域史など、多様な学術領域にて活用される資料群がここに!

*希望社全盛期の事業内容の全貌を伝える『希望社大観』をこちらでアップしております。

 書籍概要

『希望社時報』『希望の日本』復刻版 1926年〜1932年 
発行:希望社

  • 解題: 和田敦彦(早稲田大学)
  • 特別寄稿: 中澤宏則(後藤静香記念館館長)
  • 推薦:平田勝政(長崎大学)
  • 揃定価: 本体98,000円+税
  • ISBNセットコード:978-4-911589-27-4(第1回配本セットコード)
  • 体裁: A4判並製、全5冊+別冊、総約1,300頁
     (別冊にて、解題・総目次を付す)
  • 原本・特別協力:後藤静香記念館

 配本表

第一回配本第二回配本
内容全2冊
第1号~第39号
全3冊
第40号〜第74号
刊行時期2025年11月刊行2026年9月刊行
価格本体40,000円+税本体58,000円+税
ISBN978-4-911589-27-4978-4-911589-28-1

 推薦文より

希望社(後藤静香)については、これまで歴史学、教育学、社会福祉学の各分野から教化運動、女子教育、ハンセン病問題、盲人福祉・教育等を中心に研究がなされてきたが、基本資料の所蔵が限られているうえ分散しており、民間の後藤静香記念館(群馬県高崎市)が唯一まとまった収蔵庫として貴重な役割を果たしているが利用に不便さがあり、本格的研究が制約されている現状にある。この度、琥珀書房から希望社運動の基本資料である「希望社時報・希望の日本」(一九二六~一九三二)と読者数が最多の「泉の花」(一九二四~一九三〇)が復刻されるに至ったことは喜ばしい限りである。この復刻が、一九二〇年代を中心とする希望社運動の歴史的役割とその意義が一層解明されていく契機となり、多くの研究や考察が様々な分野でうまれることを期待したい。

平田勝政(長崎大学)

 後藤静香や希望社の刊行物に私が関心をもったのは、戦前・戦中の読書調査を収集し、整理していたからだ。特に大正末から昭和初期にかけて、青年団や女工層をはじめ、ノンエリート層の多くの若者たちにその刊行物が広く浸透している様子が顕著にうかがえた。製糸女工の間では、雑誌『泉の花』の場合、『キング』さえも部数で凌駕する地域もあった。農村を含め、全国に読者を広げていく希望社の手法は、後に百万部普及計画によって各地で部数を伸ばしていく『家の光』の普及策の原型ともなる。
 ただ、多様な修養雑誌や図書を刊行していたにもかかわらず、肝心のそれら資料の所蔵機関はごく限られている。希望社の雑誌は書店を通さず、読者による誌友の獲得や、それら読者の集まりを通した独自の流通網を通して広がっていった。書店で不特定多数の読者に売られるものというよりも、後藤静香がそれぞれの読者に向けて語りかけ、届けるスタイルの雑誌であった。図書館には遺されにくい資料ではあるが、こうした性質ゆえに読者たちは自身への便りのように手元におき、大事にもされてきた。後藤静香記念館はこうした読者の寄贈資料を豊富に所蔵している。しかし同館が地理的にアクセスしづらかったこともあってその貴重な資料群がこれまで十分活用されてはこなかった。復刻する『希望社時報』、『希望の日本』は、この希望社の事業やその各地からの通信を詳細に報じた機関紙であり、その多岐にわたる事業の様相は地方史においても貴重な情報を供するものとなろう。また、同じく復刻される雑誌『泉の花』は最盛期には百万部を越える部数を送り出していた希望社刊行物の中でも、もっとも多くの部数を占めていた雑誌である。希望
社の出版事業や、各種社会事業は戦中・戦後にも多様な形で引き継がれていく。その広範な活動を解明していくための基礎となるのが本復刻資料となる。
希望社はその多種多様な修養、教養書を通して、それまで読書にあまり縁がない層を積極的に開拓していった。小学校しか出ていない青年男女から、多様な年齢層、さらには視覚障害者の点字出版物の刊行も行い、一部エリート層にとどまらない人々の中に多くの読者を作り出していったこととなる。これまで、読書や教養の研究はエリート層の言葉や活動に主な関心が向けられてきたが、教養と修養との区分を、改めて見直し、両者の重なりや関わりを考えていくうえでも、本資料が役立っていくことを編者として願っている。

和田敦彦(早稲田大学)

 後藤静香について

後藤静香(1884―1969)
1884年(明治17年)8月19日、大分県大野町生まれ。1906年(明治39年)東京高等師範学校官費数学専修科を卒業後、長崎県立高等女学校と香川県女子師範学校に13年間にわたり勤務。1918年(大正7年)教職を辞して上京、蓮沼門三が設立した「修養団」の幹事となる。また同年自身で設立した「希望社」より、「若き婦人に対する修養本位の雑誌」として『希望』を刊行開始。「社会教育家であり、同時に事業家」として、各種慰問・顕彰活動や学校経営を行った他、高等教育への進学がかなわなかった男女若者層へ『のぞみ』、工場や農村で働く若い女性向けに『泉の花』、視覚障害者向けの点字雑誌『かがやき』など、多くの月刊誌を刊行。読書会を通じてその発行を広め、1930年(昭和5年)には希望社の発行雑誌は100万部を越えた。1933年(昭和8年)に希望社は解散。その後も著述活動、社会事業を続け、社会運動団体「心の家」を中心に、日本点字図書館や社会福祉法人「新生会」として、現在に続いている。1969年(昭和44年)5月15日没。点訳奉仕運動最初の提唱者として、多くの点訳者を育成したその功績に対し、1967年(昭和42年)7月27日日本盲人社会福祉施設協議会から感謝状が贈呈された。

 版元から一言