「小さき生の普遍性」 排外主義の時代に抗う、金泰生文学の終着点となる名作を復刊!
「この本は、済州島で生まれた朝鮮人の「ぼく」の人生遍歴であり、他者のことばである日本語への旅であり、朝鮮や日本の人々が織りなす海にまつわる物語である。」(本書解説より)
済州、猪飼野、京都、東京、静岡(結核療養所)、埼玉川口、長崎・・
植民地支配と戦争の時代、平安とは遠い日常の中で一つ一つの生を慈しんだ「在日」作家の生涯の旅路がここによみがえる。
付録として、初の単行本収録となる肺結核の療養生活を描いた小説「爬虫類のいる風景」を添えて、名もなき命が息づく伝説の世界を約40年ぶりに復刊する。(本書と大きな円環をなす連作集『私の日本地図』と同時刊行)
書籍概要
- 著:金泰生
- 編集・解説:宋恵媛
- 定価:本体2,700円+税 ISBN978-4-910993-92-8
- 体裁:四六判・並製・約280頁 ❋本書は、『旅人伝説』(記録社、一九八五年)を底本として、新たに活字を組み直し、初の単行本収録となる作品「爬虫類のいる風景」・解説を付したものになります。
- 装画:朴愛里「海底」、装丁:野田和浩
- 2025年10月刊行
目次
序章 ふるさと
1 異国の町
2 メルヘンの人
3 旅
4 わが町
5 なりわい
6 猪飼野再訪
長崎から―あとがきにかえて
付録小説 爬虫類のいる風景
解説 名もなき命が息づく伝説 宋恵媛
推薦文より
この作者には、人間を一つの骨片として見うる眼があるようだ。それはしたたかな感性に支えられ、悲しみを濾過した透明なことばのひびく世界を開く。(中略)
その愛をつなぐのは単なる肉親の血ではない。それは、ともに被植民地人として「在日」の最底辺の生活を生きぬいた故に、単なる共同体の血のワクも越えた、”恨多き呪われたる者”が見ることのできる人間そのものへの愛の眼である。
― 金石範
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金泰生という朝鮮人少年の眼に映った大阪の街、猪飼野あたりの町工場の様子、そこで働く人びとの所作や感覚、これらを細密に描いた文章は、大阪の一角にこういう人びとが働き暮らしていたという確かな証拠となっている。金泰生はそれらを記憶し記録しただけでなく、記録しながら「反芻」する、その様子が文章から伝わってくる。それこそが歴史を書くにとどまらず、歴史への想像力を深めることになっていると感じさせるものだった。その文章の力は、半世紀後の現在でも失われていない。
一方の『旅人伝説』は、主に第二次大戦後を生きた人びと(多くは日本人)の生と死を描いていて、『私の日本地図』とは違った味わいがあるが、やはりこちらも歴史をそれぞれの断面で切り取った作品となっている。
二つの作品にいくつかの小品を加えて金泰生の文学世界が新たな形で再構成され、若い読者の手にも届けられるようになることを大いに喜ぶものである。
― 水野直樹
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本書で使われている日本語は「教科書的な国語」ではない。おんどりを「玉子の父さん」と表現した一世女性の当意即妙はいうまでもなく、著者自身が生活するために苦心して身につけた日本語にも故郷での生活文化を直訳した味わいが混在している。それらは、植民地主義を食い破る生命力として、作品を陰影のある、魅力的なものにしている。
その魅力は著者の女性観にも通底する。宋恵媛氏が『旅人伝説』の解説で「ともに生きた同胞の女性たちの姿も確かな筆致で刻み込まれている」と書いているが、女性をみるまなざしが非近代的なのである。母親と離別したという個人史が作用している面もあるだろうが、意識の根っこには女性の生命力をあるがままに受けとめた郷里のジェンダー観がある。
さらに「みずたまり」など、何気なく読み過ごす言葉にも、済州島や猪飼野に見られた「いびつな文明」批判が潜んでいる。マイノリティーとして赤い涙を流す子どもたち、真の多文化共生社会を実現し、この国の日常を風通しよくしたいと願う大人たちに、必読の珠玉作品である。
編者の鄭栄桓氏・宋恵媛氏の丁寧な解説に助けられながら、細部にわたる謎解きも併せて、著者との対話を深めていただきたい。
― 宋連玉
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国家の被害者としての被害者意識を徹底させたとき、そのときはじめて国家への癒着から自らの生を断ち切ることが可能になり、そのときはじめて日本人も客死を余儀なくされた他者たちの一つ一つの小さき生に想像をめぐらすことができるようになる。
小さき生の普遍性。昨今の排外主義を見るにつけ、日本人はこの貴重な思想をいまだ掴みとるにいたっていないという感を強くする。(中略)金泰生の日本語文学はある切迫感とともにその重みを増しつつある。
― 佐藤泉(青山学院大学)
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金泰生は大鉈を振りかぶらず、正義を語らず、出会った人々を忘れないために淡淡と描いていった。金泰生文学は敵を叩くのではなく、優しく受け入れるケアに似ている。
生前金泰生は、飲み屋へと繋がる階段を上がるさいに「背中を押してくれ」と言ったものだ。
片肺の作家はゆっくりと歩き、正義を振りかざさないケア小説家だった。
― 林浩治
著者プロフィール
金 泰生(キム・テセン)
1924年、済州島南西部の大静面新坪里にて出生。1930年、縁者とともに渡日、大阪猪飼野にて暮らしはじめる。
1945年、徴兵検査を受けて甲種合格も入営前に日本敗戦を迎える。朝鮮解放後に帰郷を試みるも断念。
1947年、明治大学農学科に入学。
1948年、肺結核と診断され、療養のため静岡県賀茂郡竹麻村の国立療養所湊病院に入院。
1955年頃、療養所を退院。初めての掌篇「痰コップ」を『新朝鮮』に発表する。
1956年頃より『文芸首都』に関わり小説「心暦」「童話」などを投稿する。
1962年より統一評論社に勤務するかたわら、『統一評論』『朝鮮新報』『新しい世代』などのメディアに寄稿する。
1972年、小田実らの雑誌『人間として』に小説「骨片」を発表。
1977年、初の小説集『骨片』を刊行。
1978年、埼玉文学学校の講師となる。
1986年、第12回青丘文化賞受賞。同年12月25日、埼玉県川口市の病院で死去(享年62歳)。
著書に『骨片』(創樹社、1977年)、『私の日本地図』(未来社、1978年)、『私の人間地図』(青弓社、1985年)、『旅人伝説』(記録社、1985年)がある。
宋 恵媛(ソン・ヘウォン)
博士(学術)。著書に『「在日朝鮮人文学史」のために──声なき声のポリフォニー』(岩波書店、2014年/ソミョン出版、2019年[韓国])、『密航のち洗濯 ときどき作家』(柏書房、2024年、共著)、編著に『越境の在日朝鮮人作家 尹紫遠の日記が伝えること』(琥珀書房、2022年)等がある。
版元から一言
『私の日本地図』と2つで、大きな金泰生の生涯の旅路のような構造をなす本書。
ふるさとの原初の記憶や、猪飼野のこと。日本社会で出会った様々な<命>(人だけではなく、動植物も)が、金泰生の「愛の眼」の真髄とも言えるようなペーソスや慈しみをこめて、様々に描かれます。
済州島から(他律的に)はじまった金泰生の生涯は、長崎にて、海をへだてて、故郷と未来を思いとじられます。
本書の装画に使用させていただいた朴愛里さまの海の景色のように、金泰生の最後の作品となった本書は、どこまでも、どこまでも、国境や時代をこえ、広がっていくような気がしております。
本書の解説は、尹紫遠の仕事をご一緒した宋恵媛先生になります。
「伝説」の読みどころを魅力的に繙いていただいております。
今回、単行本初収録となる「爬虫類のいる風景」も、結核療養所の独特な空気が充満する、非常に印象的な作品であります。
生と死、そのあわいが読み進めるにつけどんどん曖昧になっていくかのような不思議な力のこもった作品は、作者の晩年の境地のような気もいたします。
死ととなりあわせの世界を生きた作家のまなざしが、このような場で培われたことと感じていただけるかと思います。
ちなみに短い連作がつづく本書、私の一番印象に残ったのは三章「旅」にある「塩」です。
電車で出会った老人と少年との一幕が、何とも深みをともなってとじられていきます。
(末尾で描かれる星空は、人間の生の明滅は、夜空の星のように優劣がないことを暗示しているようです。)
たくさんの素敵な推薦文をお寄せいただきましたが、そこには、現状の日本社会に金泰生の文学がもつ意味を強く押し出していただいているものがあります。
排外主義の勢いがます昨今、「国家」や「宗教」を中心とした大きな言葉にのみこまれそうになりますが、金泰生の作品は、その流れに抗うしなやかな杭のような存在ではないかと思います。
「小さき生の普遍性」の文学として、多くの新しい読者に届くことを、心から願います。
最後に、本書の刊行にご理解をいただきました原初の販売元「影書房」さま、そして「爬虫類のいる風景」を転載させていただきました集英社『すばる』編集部に、感謝を記させていただきます。

