「原爆の的確な記録であるばかりでなく、ファンタスティクな魅力をそなえたこの小さな絵本」―大江健三郎(『ヒロシマ・ノート』エピローグより)
1950年、朝鮮戦争勃発後まもない夏、<原爆の図>制作中の丸木夫妻によって編まれた小さな絵本が、研究者の解説冊子とともに当時の姿でよみがえる。
※原爆の図丸木美術館(埼玉県東松山市)にて、企画展「『ピカドン』とその時代」が開催されます。2023年10月7日〜2024年1月28日
書籍概要
『ピカドン』(初版オリジナル復刻版)/『ピカドン』とその時代
- 体裁:四六判・並製・『ピカドン』64頁、解説冊子(『ピカドン』とその時代)カラー付録16頁、本文46頁
- 2023年8月刊行
- 定価:本体1,800円+税(2冊1組、分売不可)
ISBN:978-4-910993-21-8 セットコード
ISBN:978-4-910993-23-2 『ピカドン』(初版オリジナル復刻版)
ISBN:978-4-910993-22-5 『ピカドン』とその時代
『ピカドン』(初版オリジナル復刻版)
- 絵・文 丸木位里・赤松俊子(丸木俊)
- 編集:原爆の図丸木美術館
※オリジナル版『ピカドン』(平和を守る会編、ポツダム書店刊、1950年)
『ピカドン』とその時代
- 解説:岡村幸宣・小沢節子・鳥羽耕史・鷲谷花・高橋由貴(掲載順)
- カラー口絵付録
(幻灯ピカドン、「原爆の図」展ポスター、「原爆の図」関連木版画)
※国会図書館オンラインにて公開されている1950年発行の『ピカドン』について
11コマ目から13コマ目に関して、今回の復刻版の参考とした当時多く流通したと思われるバージョンとは異なる頁の割り振りとなっています。
『ピカドン』とその時代 目次
カラー口絵特別付録
幻灯ピカドン/「原爆の図」展ポスター/「原爆の図」関連木版画
はじめに 岡村幸宣
『ピカドン』―たぐいまれなる物語 小沢節子
『ピカドン』と「原爆の図」全国巡回 岡村幸宣
『ピカドン』という出版物の流通と変遷について 鳥羽耕史
幻灯『ピカドン―広島原爆物語―』について 鷲谷花
『ピカドン』と大江健三郎『ヒロシマ・ノート』 高橋由貴
著者プロフィール
丸木位里
1901年6月20日に広島の太田川上流の船宿を兼ねる農家に生まれた。戦前には前衛的な美術団体である歴程美術協会や美術文化協会に参加、抽象やシュルレアリスム(超現実主義)を取り入れた独自の水墨画を発表して高い評価を受けた。1941年に油彩画家の赤松俊子と結婚。1945年に広島に原爆が落とされた時には、数日後にかけつけ、その様子を目撃した。やがて夫婦共同制作で《原爆の図》の制作に取り組み、30年以上の歳月をかけて15 部の連作を完成。その一方で風景を中心としたスケールの大きな水墨画を数多く残している。1995年10月19日永眠、享年94歳。
赤松俊子(丸木俊)
1912年2月11日に北海道秩父別の善性寺に生まれた。女子美術専門学校(現・女子美術大学)で油絵を学び、その後、モスクワ、ミクロネシアに滞在。 油絵やスケッチを多数描き、二科展に入選。1941年に水墨画家の丸木位里と結婚。戦後は《原爆の図》をはじめ《南京大虐殺の図》、《アウシュビッツの図》、《水俣の図》、《沖縄戦の図》など 社会的主題の夫婦共同制作を発表している。また、すぐれた絵本作家としても知られ、『ひろしまのピカ』、『つつじのむすめ』などの絵本は今も多くの人に読み継がれている。2000年1月13日永眠、享年87歳。
岡村幸宣
原爆の図丸木美術館学芸員
小沢節子
日本近現代史研究者
鳥羽耕史
早稲田大学文学学術院教授
鷲谷花
大阪国際児童文学振興財団特別専門員
高橋由貴
福島大学人間発達文化学類准教授
版元から一言
大江健三郎は、『ヒロシマ・ノート』のエピローグで、「『ピカドン』という小さな絵本のことを記憶している人々が、果たしてどれだけいるだろうか?」と述べています。
『ヒロシマ・ノート』の刊行とこの言葉の影響でこれまで多くのヴァージョンの『ピカドン』が刊行されていますが、いまの若い世代にとっては、再び知られずにいるのではないでしょうか。
古書でもオリジナルは数万円の値段がついており、気軽に手に取れるものではないでしょう。
そのような状況の中、岡村幸宣学芸員のお声がけで、初版オリジナルの復活の企画がうまれたのは2022年の6月の広島でした。
1950年発行という時代を感じるボロボロの表紙の中には、黒の線のみでえがかれる8月6日の世界。
「「魅力的な線」と「不思議な構成」の冊子だな。」
『ピカドン』をはじめて見せていただいた時の第一印象でした。
想像絶する状況を伝える絵の数々は、出版という工程のなかで物事を考えていた私には、タッチと裏腹にあまりに重すぎたのだと思います。
パンフレットにつかった、木が倒れている絵と、複数ある女性の絵にひかれたことを思い出します。
できる限りオリジナルに近いものをめざそうと、いつもお世話になっている亜細亜印刷さんの力をかりて紙探しがはじまりました。
「古く、セピアな感じで、当時の紙のように上質でない感じ」をキーワードに、見つけていただいたのがある雑誌が昔に特注でつくったオーダーメイドのマガジン用紙でした。
「在庫にある分しか、もうこの世の中には存在しない」という希少性にもひかれ、薄くて印刷の難しい紙ながら、無理を言ってお願いしました。
「『ピカドン』とその時代」を研究者に解説してもらおうと、5名の方にそれぞれの角度からご寄稿をいただきました。
こちらの冊子はカラー付録にも見応えがございます。(『ピカのとき』幻灯ピカドン/「原爆の図」展ポスター/「原爆の図」関連木版画など)
当時の文化のあり方を感じさせる初公刊資料を、すばらしい解説とともに味わっていただければ幸いです。
さて、『ピカドン』の複製と解説冊子の2冊になると、考えないといけないのが収納です。
親しくさせてもらっている大和板紙の二宮さんをたよって、再生紙の板紙を使用させていただき、初めてのスリーブケース制作を体験しました。
そして刊行の最終盤、偶然にも広島の紙メーカーさん木野川紙業さまが、広島市平和記念公園の「原爆の子の像」に捧げられた折り鶴を、再生紙に甦らせていることを知り、本の見返しと特別版チラシに使用させていただきました。
偶然にも大江健三郎の没年での刊行となりました。
『ヒロシマ・ノート』を読んでいると、「悲惨と威厳」をその地で感じたまさにその人が亡くなったという事実に、時のうつろいを感じます。
『ピカドン』とともに、今こそ読み返される本べきであると感じます。
色んな人達の手によってよみがえる『ピカドン』を、解説冊子とともに多くの人が手にとっていただけることを願っております。
最後に、次から次にギリギリの要望にお付き合いいただいたデザイナーの黒川美怜さんに感謝を。
追記
原爆の図丸木美術館(埼玉県東松山市)での企画展「『ピカドン』とその時代」は、2023年10月7日〜2024年1月28日になります。
原爆の図丸木美術館でも販売いただいております。
未訪問の方は、企画展とあわせて、ぜひ美術館へ。私はその作品に圧倒されました。