『上海文学』後日譚。戦中―戦後の連続性を問う
戦中『上海文学』を主催した池田克己たちは、敗戦後まもない日本(神奈川県大船)で新たな文学の場を育てようと試みた。
池田たちの営為は、戦前からのつながり、上海人脈はもちろんのこと、高見順をはじめ大東亜文学者大会を通じてうまれた人脈も加わり、小さなガリ版雑誌『花』として実を結んだ。『花』はやがて「一切の党派や権威を無視したぼうばくたる容積」たらんとした『日本未来派』として、戦後詩を代表するメディアへと育ち、その営みは現在でも続いている。
あわせて収録される一九四七―一九五二年にかけて古川武雄(八森虎太郎)宛に送られた池田克己の書簡資料には、「外地」経験者たちに加え、鎌倉の文士たち(川端康成)、古川武雄の周辺にいた北海道・東北の文学者たち(更科源蔵、高村光太郎)を集めながら、『日本未来派』として、戦後文学の場をつくりだそうとする試みが、敗戦後の出版文化の拠点となった北海道の様子とともに詳細に伝えられる。
戦後文化史に新たな光をあてる資料を世に送る。
書籍概要
日本未来派、そして〈戦後詩〉の胎動―「古川武雄宛池田克己書簡」翻刻・注解/詩誌『花』復刻版
『花』発行:花詩人協会
- 解題: 木田隆文(奈良大学教授)
- 定価: 本体14,000円+税
- ISBNコード:978-4-910993-37-9
- 体裁: A5判・並製、全1巻、総約380頁
(『花』/『池田書簡』解題・総目次・索引を収録) - 原本:『花』日本近代文学館、『古川武雄宛池田克己書簡』奈良大学木田隆文研究室
刊行のことば
詩人・池田克己は、中国からの引揚後すぐにガリ版詩誌『花』を刊行した。ほどなくそれは戦後詩壇の一大勢力をなす『日本未来派』へと成長し、数多くの戦後詩人の揺籃となった。
このたび翻刻と注解を付した池田克己の書簡(六〇通)は、彼が『日本未来派』の印刷出版と経営に尽力した北海道の詩人・古川武雄(筆名・八森虎太郎)に宛てたものである。
そこには『花』から『日本未来派』へと発展した背景はもちろんのこと、戦前に池田が主宰した『豚』の詩人たち(小野十三郎、上林猷夫、佐川英三、植村諦…)、戦時中国で池田と親交を深めた『上海文学』同人および大陸関係者(草野心平、高見順、多田裕計、火野葦平、内山完造、黒木清次、島崎蓊助…)、さらには池田が戦後に居を構えた鎌倉の文士や、彼に惹かれた新旧の文学者(川端康成、横光利一、安西冬衛、伊藤信吉、金子光晴、北川冬彦、菊岡久利、高橋新吉…)の多彩な活動が記録されている。また古川武雄の周辺にいた北海道・東北の文学関係者たち(更科源蔵、吉田一穂、和田徹三、高村光太郎、宮澤清六…)の動静や、敗戦後に活況を呈した北海道の印刷出版状況が垣間見えることも興味深い。
戦後の文芸・出版文化の動向、そして戦前から戦後、外地から内地へと連続する人的ネットワークの諸相を記録した本書簡は、〈戦後詩〉の胎動を証言する資料として重要な価値を持つ。併せて復刻した『花』とともに、ぜひ広範な分野での活用を期待したい。
― 木田隆文(奈良大学教授)
『花』主要執筆者
池田克己・及川均・小野十三郎・上林猷夫・兼松信夫・菊岡久利・黒木清次・小池亮夫・佐川英三・菅原克己・高見順・戸田正敏・宮崎譲・森美那子・吉田欣一
版元から一言
これまで、書簡と雑誌復刻と解説(注釈)が一冊になった例は、あるのでしょうか。
勉強不足の私はそういった例は存じ上げないのですが、本書は一冊の中にそうしたユニークな構成でなりたっています。
構成だけではなく、『上海文学』の同人たちが、戦後すぐにたちあげたガリ版の詩誌そのものも、戦後北海道の印刷出版状況や戦後の文化ネットワークを伝える書簡の内容も、他にはない魅力的な内容となっています。
(ちなみに書簡の宛先である北海道の詩人・古川武雄(筆名・八森虎太郎)は、『上海文学』の同人であり、上海の新聞『大陸新報』には童話を連載していた人物であり、戦後はアイヌ関係の作品や仕事を残した人物でもあります。興味深いです。)
長期に渡る書簡には、木田先生による細やかな注釈がつき、まさに<戦後詩>が胎動する様子が伝わってまいります。
すでに刊行した『上海文学』、同時期に刊行する『文化組織』にもつながる資料群のひとつが、このように形にできたことで、戦中―戦後の文化の営みの一群に光が当てられたようで、版元としてもうれしいかぎりです。
戦中ー戦後の文化にご関心のある方に広くご活用されることを版元も願っております。