『西日本新聞』(2022/6/18)書評欄に掲載されました。書評全文公開。

6月18日の『西日本新聞』(2022/6/18)にて、『広島 抗いの詩学』について、西南学院大学法学部田村元彦先生よりご書評いただきました。

ウェブサイトにて公開のご許可を頂きましたので、下記にて紹介させて頂きます。

広島 抗いの詩学/川口隆行著

忘却や単純化への力強い問い

本書は副題に「原爆文学と戦後文化運動」とあるように、その二つの領域の重なりを対象としている。自ら切り拓いてきた原爆文学というジャンルを特権的に誇示する気鋭の研究者らしい野心に満ちたものかと思いきや、読み進めてみると、人びとの固有の経験と向き合って重心を低くして忘却や単純化に抗う、いわば職人のような著者のたしかな仕事ぶりがすぐにわかり感嘆した。
私が感じ入ったのは、最近惜しくも亡くなった青山真治監督のショットについて蓮實重彦が評した表現を用いれば、本書のショットが美しいからでも、ショットの的確な挿入ぶりでもない。「その被写体に向けるべきいくつものアングルの中から、これ一つしかないと的確きわまりないキャメラの位置を選択している」と読む者に確信させるところである。
それは、「あとがき」に再掲されたエッセイにもあるように、容易には表象しえない核・原爆に関する文学・文化の堆積を批評的に浮かび上がらせるために著者が戦略的に採用する仮構意識に由来している。
「原爆文学という言葉それ自体は手放される日が来てもかまわない」とさえ言い切る著者は、原爆文学というジャンル自体を「複雑な関係性、錯綜した声のせめぎ合いに充填された記憶の場」として再構築しようとしており、これまで敗戦と高度成長期の間に過ぎないものとされてきた1950年代の労働者や主婦、学生による集団創造の再発見と再定義を試みてきた近年の戦後文化運動研究の成果を貪欲かつ批判的に読み解いている。
本書が読む者に与える確信の背後には、信頼と連帯に裏打ちされた(死者も含めた)知的ネットワークの存在があり、特に道場親信(故人)の名を挙げておきたい。
本書について特筆すべき点として、「忘却と想起の意味を静謐な祈りのように力強く問いかける」山内若菜の「刻の川 揺」が表紙に使われており、結果として文学や人文科学なるものに新たな生命を吹き込んでいる。
時代に抗するかのように学術書としては申し分ない書物としての魅力を備えた本書を世に問うた、琥珀書房という志をもった出版社の出現とそのたしかな第一歩を喜びたい。
その抗いの姿勢にこそ未来は宿るのである。
評 田村元彦(西南学院大法学部准教授)西日本新聞掲載